「自社には技術も、長く付き合っているお客様もいる。それを銀行にどう伝えればよいのだろう」
企業価値担保融資を検討するとき、会社案内や決算書をそろえただけでは、説明しきれないことがあります。誰が何にお金を払い、なぜ自社を選び、その取引をどう続けているのか。事業の中身と数字をつなぐ説明です。
審査に向けた準備では、顧客・選ばれる理由・仕事の流れ・確認できる実績・収益・弱みを、根拠資料と対応させることから始めましょう。
この記事では、企業価値担保融資の審査について公表資料から確認できる考え方を押さえ、既存事業を説明する「事業説明シート」の作り方を紹介します。記入例を自社の事実に置き換えれば、何が説明でき、何を追加で確かめる必要があるかを整理できます。
企業価値担保融資の審査では、事業の実態と返済の見通しを伝える
企業価値担保権は、会社の総財産を担保の目的とし、事業の将来性に基づく融資を後押しする制度です。2026年5月25日に始まりました。不動産を個別に担保へ入れない場合でも、企業価値担保権を設定する融資は無担保融資ではありません。金融庁の制度案内で仕組みを確認できます。
金融庁の事業性融資に関する基本的な考え方では、融資審査において事業の実態や将来性を理解し、返済可能性を評価することが示されています。ただし、この文書は個々の項目を形式的に当てはめるチェックリストではありません。
したがって、特定の財務比率を「全国共通の合格点」と考えたり、シートが完成すれば融資を受けられると考えたりしないでください。利用できる商品、審査に必要な資料、融資の可否・条件は、相談する金融機関で確認します。
そのうえで借り手が準備できるのは、事業のどこに価値があり、何がその価値を支え、どこに不確実さがあるかを説明する材料です。この記事は、そのうち現在の事業実態を整理する部分を扱います。
保証・信託契約・登記・費用など利用条件の全体像は、企業価値担保権の仕組みと利用前の確認事項も参照してください。
まず、顧客から売上が生まれるまでを一本につなぐ
誰の、どんな仕事や暮らしを支えているか
最初から会社全体の強みを並べず、売上の中心となる事業を一つ選びます。次の文を、自社の実際の取引に合わせて埋めてみてください。
「当社は、〇〇のお客様が、△△をする場面で困る□□を、◇◇という商品・サービスで解決しています。」
「高品質な印刷物を提供する」より、「複数店舗を持つ飲食企業がメニューを変更するとき、店舗ごとの価格修正から印刷手配までをまとめて引き受ける」の方が、誰に何を届ける事業かが伝わります。
使う人と発注・支払いをする人が違う場合は、その違いも書きます。店頭で使うのは各店舗でも、発注するのが本部なら、受注の条件や取引の継続は本部との関係から確認する必要があります。
選ばれる理由を、顧客の側から確かめる
自社が得意なことと、お客様が買う理由は、必ずしも同じではありません。制作技術に自信があっても、お客様が評価しているのは「修正の窓口が一つで済むこと」かもしれません。
見積りへの返答、再注文時のやり取り、商談記録などを見て、価格、納期、品質、相談のしやすさ、対応範囲のうち、何が選択理由になっているかを確かめます。
顧客から聞いたことは「顧客に確認した理由」、まだ聞いていないことは「自社が考える理由」として分けます。後者も整理の出発点になりますが、確認済みの評価として書かないことが大切です。
受注経路と、自社が担当する工程を見せる
次に、仕事の入口から納品・請求までを短く並べます。
既存客からの再注文・紹介 → 問い合わせ → 見積り → 受注 → 制作・確認 → 外注先への発注 → 納品 → 請求・入金
これは説明用の並べ方です。自社の実際の順序に直し、工程ごとに「誰が行うか」「どこで価値を加えているか」を書き添えます。
特に、次の区別があると事業を理解してもらいやすくなります。
- 直接の顧客と、最終的に商品・サービスを使う人。
- 自社の作業と、仕入先・外注先に任せる作業。
- 新しい顧客に知られる経路と、既存客が再注文する経路。
- 売上を計上する時点と、代金が入る時点。
「営業力がある」と書くなら、現在の新規受注が紹介、検索、訪問などのどの経路から来ているかを、分かる範囲で示します。今後の集客策をここで大きく広げる必要はありません。
強みは、記録と「まだ分からないこと」を添えて説明する
抽象的な強みを、確認できる問いに変える
「長年の信頼」「高い技術力」「きめ細かい対応」は、そのままでは内容を確かめにくい言葉です。次のように、実際の取引や業務へ戻します。
| 伝えたいこと | 確認する記録の例 | 記録だけでは言い切れないこと |
|---|---|---|
| 継続して選ばれている | 顧客別の受注履歴、再注文、契約期間・更新状況 | 過去に再注文があっても、将来の注文が確約されたとは限らない |
| 品質や納期に強みがある | 検査・納品記録、当初の納期、修正・返品・苦情の記録 | 良かった案件だけを抜き出しても、全体の品質は説明できない |
| 対応の手間を減らせる | 顧客の確認事項、作業手順、対応履歴、顧客への聞き取り | 対応が丁寧でも、採算や顧客の選択理由まで確認できたとは限らない |
資料を大量に並べるより、説明したいことと、それを確かめられる記録を一組にします。取引があるという事実と、その理由の説明をつなぐ作業です。
件数・割合には、対象期間と数え方を付ける
例えば「リピート客が多い」だけでは、何を数えたかが分かりません。前年に購入した顧客のうち今年も購入した人数なのか、今年の注文全体に占める再注文の件数なのかで意味が変わります。
数字を使うときは、少なくとも次をそろえましょう。
- いつからいつまでの記録か。
- 顧客数、店舗数、案件数、商品数のどれを数えたか。
- 全体はいくつで、そのうち何件に該当するか。
- キャンセル、返金、未納品などをどう扱ったか。
同じ企業の複数店舗を、取引先の企業数と混ぜて数えないようにします。納期を守った実績なら、途中で変更した納期だけでなく、最初に約束した日付も確認します。集計方法が途中で変わった場合は、その前後を単純に比較しないようにします。
過去の実績と、現在の変化を分ける
決算期間の実績が良くても、直近で主要顧客の注文が減ったり、外注先の価格が上がったりしていれば、現在の説明に加える必要があります。
年間の数字を直近一か月の数字で上書きするのではなく、「対象期間の実績」と「その後の変化」を分けてください。まだ集計できていないことは、確認中の事項として、確認先と時期をメモにします。
事業説明シートの型と、架空の記入例
まず一枚にまとめるための型
次の型は、この記事で提案する相談準備用の整理方法です。法定様式や金融機関共通の必須提出書類ではありません。
最初に「対象事業」「実績の対象期間」「作成日」を書き、その下に七つの欄を作ります。別の事業を混ぜず、根拠資料は別紙として対応を付けます。
| 欄 | 自社について書くこと |
|---|---|
| 1.顧客・用途 | 誰が、どんな場面で使い、誰が発注・支払いをするか |
| 2.選ばれる理由 | 顧客に確認した理由と、自社の仮説。違いが出る具体的な作業 |
| 3.受注経路・商流・業務 | どこから受注し、自社・仕入先・外注先が何を担うか |
| 4.確認できる実績 | 受注、再注文、品質、納期など。件数・分母・期間・数え方 |
| 5.売上・原価との関係 | どの取引が売上になり、どんな費用がかかるか。帳簿と合う範囲 |
| 6.弱み・依存 | 特定の顧客・人・設備・仕入先に頼る部分と、現在の対応状況 |
| 7.根拠資料・未確認点 | 各欄を確かめる資料名・対象期間。足りない事実と確認先・時期 |
ローカルベンチマークの「商流・業務フロー」なども、事業を説明する手がかりになります。ロカベンは財務・非財務の両面から現状や課題を捉え、金融機関等との対話に使うツールです。公式のシートを使いたい方は、経済産業省のローカルベンチマーク案内をご覧ください。
架空例:飲食企業向けの制作・印刷手配会社
以下は、説明方法を示すために作った架空例です。実在する会社、当事務所の支援実績、融資の成功事例ではありません。数字は審査基準でもありません。
架空のK社は、飲食企業向けにメニューや販促物を制作し、印刷を外注する会社です。実績期間は2025年10月1日〜2026年9月30日、作成日は2026年11月4日とします。
| 欄 | K社の記入例 |
|---|---|
| 顧客・用途 | 飲食企業24社との取引。季節のメニュー変更時に、店舗別の価格・内容を修正して印刷手配まで行う。発注・支払いは各企業の本部。顧客別売上台帳と請求書で確認。 |
| 選ばれる理由 | 店舗別の修正内容をまとめて管理する。取引先8社への聞き取りでは、5社が「修正依頼をまとめられる点」を評価した。残りの顧客の選択理由は未確認。根拠は2026年8〜9月の聞き取りメモ。 |
| 受注経路・商流・業務 | 把握している入口は、既存客の再注文と紹介。自社で内容整理・制作・校正を行い、印刷は2社へ外注。納品後に自社から請求する。受注台帳、制作手順、外注先との発注記録で確認。新規客の経路別集計は未了。 |
| 確認できる実績 | 対象期間に売上計上した案件は120件。前年の取引先18社のうち14社から再受注があり、新規10社と合わせて当年の取引先は24社。当初納期を守った案件は114件、遅延は6件。受注・納品台帳を照合。 |
| 売上・原価との関係 | 同期間の売上高1,200万円、売上原価720万円、売上総利益480万円。120件の売上と顧客別台帳の合計を損益計算書へ照合。売上原価の内訳は原価明細で確認する。 |
| 弱み・依存 | 最大顧客1社の売上360万円が全体の30%。同社からの翌期の発注量は未確定。最終校正は社長に依存しており、不在時の代替手順はまだ整っていない。 |
| 根拠資料・未確認点 | 受注・納品台帳、顧客別売上台帳、請求書、原価明細、損益計算書は上記12か月分。再受注の比較元は2024年10月1日〜2025年9月30日の取引先一覧。遅延6件の原因と、2026年10月の受注変化は担当者が11月10日までに確認する。 |
この例では、1,200万円から720万円を引いた480万円が売上総利益です。ここから販売費・一般管理費などがかかるため、480万円をそのまま返済に回せるとはいえません。入金・支払いや借入返済の日付も別に確かめます。
また、120件で1,200万円なら、一件当たりの平均売上は10万円です。ただし、案件ごとに仕様や金額が違えば、この平均をそのまま将来の販売単価にはできません。
K社の説明で分かるのは、再受注の事実と、顧客の一部が評価した理由です。「修正管理の仕組みがあるから、すべての顧客が継続する」とまでは言えません。事実で言える範囲と、まだ確かめていない範囲を残すことが、次の対話につながります。

弱み・依存も、事業が続く条件として示す
強みと弱みは、同じ事実の両面にあることがあります。
長く付き合う大口顧客がいる一方で、その顧客の注文が止まると影響が大きい。熟練した担当者がいる一方で、その人が休むと仕事が進まない。短納期に対応できる一方で、追加作業を価格に反映できず、利益が残りにくい。こうした組み合わせを確認します。
弱みを「今後改善します」で終わらせず、次の三つに分けて書いてください。
- 現在の事実: 何に、どの程度依存しているか。
- 確認できている対応: すでに代替先を確保した、作業を共有したなど、実施済みの内容。
- これからの確認: 相手との条件確認や社内集計など、まだ終わっていない作業。
K社なら、「大口顧客を分散する」と書くだけでなく、まず最大顧客の翌期の発注予定がどこまで確認できているかを整理します。新しい取引先の候補は、契約済みの顧客と別に扱います。
不利な記録も、説明を見直す材料になります。再注文が減っている、返品が続く、残業が増えているといった情報があれば、強みについての説明と矛盾していないかを確かめましょう。原因が不明なら、分かったことにせず、調べる対象として残します。
金融機関へ持っていく前に、説明と資料を照合する
シートを書けたら、第三者が資料をたどれるかを確認します。
- 対象期間・対象事業が、シートと添付資料で一致しているか。
- 顧客別・案件別の売上合計が帳簿と合っているか。違う場合は、範囲や計上時期の違いを説明できるか。
- 強みの根拠にした資料がどれか、資料名や該当箇所が分かるか。
- 実績、顧客から聞いた話、自社の見立て、将来の見込みが混ざっていないか。
- 未確認点について、誰が何をいつまでに確かめるかが決まっているか。
すべての欄を埋めるまで相談を待つ必要はありません。資金の必要時期が決まっているなら、準備状況とともに金融機関へ伝え、追加で必要な資料、対象期間、提出方法を確認します。顧客情報や契約書は、共有する範囲と取扱いを確認してから渡してください。
現在の事業説明ができたら、次は借入れの目的に合わせて資料をつなぎます。
- 決算・試算表の数字が変わった理由を説明したい場合は、財務の増減と原因をまとめる方法へ。
- 必要な借入額や入金日を確かめたい場合は、資金繰り表の作り方と記入例へ。
- 新たな投資や事業改善を計画する場合は、このシートを現状の出発点にして、行動・担当者・時期・必要資金・効果の見込みを別に整理します。
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よくある質問
会社案内があれば、事業説明シートは不要ですか?
会社案内で必要なことを説明できるなら、同じ内容を作り直す必要はありません。ただし、商品紹介だけでは再受注、売上・原価、依存する取引先などが分からないことがあります。不足する情報だけを、資料の参照先とともに補いましょう。
継続率や品質の数字を集計していない場合はどうしますか?
推測の割合を置かず、確認できる期間と資料から始めます。受注台帳や納品記録で数えられる範囲を示し、記録がない部分は未集計とします。少数の顧客の声を、全顧客の評価に広げないことも大切です。
事業の価値を金額で算定した評価報告書が必要ですか?
金融庁の企業価値担保権に関するFAQでは、融資時の担保価値の算定は不要と説明されています。事業を理解するための資料と、担保価値を金額で算定する資料は分けて考えます。個別に求められる資料は相談先へ確認し、全国共通で高額な評価報告書が必須だとは考えないでください。
事業の中身を、説明できる資料にまとめたい方へ
まずは主要な事業を一つ選び、顧客・用途と受注の流れを書いてみてください。裏付ける資料が見つかれば、強みの説明へ進めます。資料が足りない場合も、何を確かめればよいかが見えてきます。
一方で、「顧客が選ぶ理由を言葉にできない」「現場の説明と数字がつながらない」「複数の資料に違う内容が書かれている」という場合は、資料作成の支援を利用する方法があります。
サクセスファン行政書士事務所の経営デザインシート作成支援では、ヒアリングを通じた強み・将来像の整理、シートや説明資料の作成・調整、関連する事業計画書との整合性確認を案内しています。顧客に届けている価値と、それを支える仕事を、経営者自身が説明できる資料に整えるための支援です。
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確認日:2026年11月4日。制度については金融庁、融資商品・提出資料・契約条件については利用する金融機関の最新案内をご確認ください。
